美鶴と一緒に居られるのならば、日本であろうとラテフィルであろうと、別にどこだって構わないんだ。あの気に入らない父親気取りの男と黒人女性の顔を毎日拝まなければならないのなら、むしろ日本に留まった方がいいのかもしれない。だが。
瑠駆真は口元を引き締める。
日本には、聡が居る。そして霞流。
美鶴と霞流を引き離したい。砂漠の国の、誰の目も届かない楽園の最奥で、時の流れすらも忘れて二人だけで過ごしたい。
「お言葉だけど、君に秘め事なんて無理だよ。絶対にね」
「ぜ、絶対に? 失礼ねっ!」
憤慨する。
「そんな事言うんなら、絶対に教えてあげない」
「ふーん」
首を傾げながら身を乗り出す。
「いい子だから、教えてごらん?」
「そうやって馬鹿にして」
「馬鹿になんかしてないさ」
「その態度のどこが馬鹿にしてないって言うのよ」
「心外だな。むしろ僕は心配しているんだよ」
「心配?」
「そうだよ。僕はまた君があの金本緩に何か手酷い嫌がらせを受けているのではないかと思っているだけさ」
「そ、それは」
以前に美鶴は、緩の勝手な思い込みとヒステリーによって、自宅謹慎にまで追い込まれてしまった事がある。
「そんなんじゃない」
「どうしてそんな事が言える?」
「どうしてって」
霞流邸で、幸田がその場に居るにもかかわらず喚き散らした緩。我を忘れると何をしでかすかわからない。
だけど、彼女にだって、バラされたくない事情はある。それは例えばコスプレ好きな趣味だとか、瑠駆真の事が、好きだとか。
そうだ、彼女は瑠駆真の事が好きなんだ。
「あの、さぁ」
「何?」
「瑠駆真はさ、どうして、あの、金本緩と霞流の家に繋がりがあるって、知ってるの?」
「秘密」
ムカつくっ!
「何よっ! 人の事を心配してるだなんて言って、結局はそうやって人を小馬鹿にしてるだけじゃないっ!」
両手の拳を振り上げる。
「馬鹿になんかしてないさ。ただ、君が教えてくれないのなら、こちらも教えてはあげないというだけさ」
「最低っ!」
「意地悪をしてるのはそっちだろう?」
「意地悪だなんて言ってない。最低だって言ってるの。いいよ。本当になんにも教えてあげないから」
そもそも、金本緩が瑠駆真に恋をしているだなんて、そんな事は美鶴の口からは言えない。言えるワケがない。緩は、その気持ちをひたすらに隠しているようだったから。
彼女、ひょっとして、このままずっと瑠駆真に想いを伝えないまま陰で想い続けるつもりなのだろうか? それとも、やっぱりどこかで告白でもするつもりなのだろうか?
瑠駆真が私に想いを寄せてくれているという事実を、知らないワケはないだろう。私という存在があるから、だから告白する事もできないという事なのだろうか。だとしたら、私の存在は彼女にとっては目障りなだけだ。
でも、コスプレの事もあるし、秘密をバラされる怖さは彼女も知っているだろうから、まさか彼女が私の気持ちを校内に広めたという事はないと思う。そもそも、その事実を彼女が知っているとは思えないし。
でも、幸田さんは知っている。ひょっとして、幸田さんが金本緩に教えたとか?
いや、まさか。だいたい、金本緩と親しいのは幸田さんであって、霞流さんではないんだし。いや、でも。
疑念は膨らむ。
幸田さんに、確認してみた方がいいのだろうか?
そういえば、あの時二人で話していた、ゲームの衣装はどうなったのだろう? 出来上がったのだろうか?
「まぁいいや」
呟くような声にハッと顔をあげる。
「教えてくれないのなら、自分で聞くよ」
「聞く? 誰に?」
「決まってるだろ。金本緩にさ」
「どうやって?」
「簡単さ。美鶴と霞流の噂を流したのは君か? とね」
もし違ったら、金本緩はどう思うだろう。好きな人にあらぬ疑いなどを掛けられたら、彼女は、どう思うのだろう?
自分だったら、どう思うだろうか?
「私が、聞いてみるよ」
瑠駆真が瞳を大きくする。
「君が? どうして?」
「どうしてって、だって、これは私の問題だし」
「よほど、僕には知られたくない事情でもあるのか?」
「そんなんじゃない。ただ、この件は私の問題なんだから、そもそも瑠駆真が頭を突っ込む必要は無いんだよ」
「何度も言ってるだろう? 君がまた誰かに陥れられていないか、それが心配なだけであって」
「心配なんてしてくれなくてもいいっ」
強引に遮る。
「心配なんてしてもらったって、私には瑠駆真の気持ちは受け入れられない」
瑠駆真は、言葉に詰まる。
「別に、そんなつもりでは」
苦し紛れに答えるその声に、美鶴は言いようのない罪悪を感じた。
わかっている。瑠駆真には、そんな下心は無い。美鶴の気を惹きたくて心配をしているのではない。それはわかっているのだ。だけれども。
「ウザいんだよ」
なんて酷い言葉。
「迷惑なんだ」
なんて卑怯な言葉。そんな事言って瑠駆真を傷つけて、それが何になると言うのだ。開き直って悪者を演じて、それで瑠駆真を遠ざけようだなんて、そんな事、できるワケがないのに。
「本気で言ってるの?」
「本気だよ」
「だったら、僕の目を見て言ってごらん」
「お前の指図は受けない」
何をイラついているんだ? さっきまでは、智論さんと話をして、すごく気分が楽になったと思ったのに。もう自分は迷わない。絶対に霞流さんを振り向かせてみせる。そう胸に決意したはずなのに。
瑠駆真の視線が痛い。優しさが苦しい。あと何回、彼の好意を断らなければいけないのだろう。好きになってくださいだなんて、頼んだ覚えはないのに。
なんて贅沢。なんて我侭。わかっている。わかってるけど、どうしようもないんだ。
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